転進支援制度とは従業員のキャリアアップを実現するために、転職や独立を支援する制度です。福利厚生の意味を持つ反面で、65歳までの雇用が難しい企業のリストラ策という意味合いも持ちます。制度で支給できる転進助成金を含めて解説します。
転進支援制度とは
転進支援制度は、従業員が多様なライフプランを持つことを鑑み、転職や独立を支援する福利厚生的な意味合いを持つ制度です。終身雇用が当たり前ではない時代に突入しているため、企業として従業員の新たな一歩をサポートします。また、従業員を高年齢者雇用安定法が定める65歳まで雇用できない場合に、セカンドキャリアをサポートする意味合いもある制度です。
なお、転進支援制度の詳細はそれぞれの企業が決定できます。法的に支援内容が定められてはないため、それぞれの企業がおかれている状況を踏まえて適切な支援が可能です。
転進支援制度の具体例には、転進助成金の支給や休暇の付与などが考えられます。
まず、転進助成金はセカンドキャリアをスタートさせるために必要な資金をサポートするものです。セカンドキャリアをスタートするためには資金が必要となるため、この一部を助成金として支給します。
また、セカンドキャリアを歩むにあたっては準備が必要です。この準備に時間を割けるように、休暇を付与することもできます。
- 記事監修者からのワンポイントアドバイス
- 転進支援制度は、会社にとっては優秀な従業員が流失してしまうリスクを伴うことに十分留意しなければなりません。会社にとっては短期的にマイナスになるものの、転進した従業員が将来的に会社のイメージをアップさせてくれるような効果を期待できるといったプラス要因も長期的にはありますので、総合的に判断して制度を構築するようにしましょう。
- 篠昌義税理士事務所
代表 篠 昌義
(公認会計士・税理士)
転進支援制度で考えられる3つの事例
転進支援制度の代表例が早期退職優遇制度です。定年を迎える前に自ら退職する従業員を、通常の自己都合退職より優遇します。
内容は企業によって異なりますが、退職金の割増や準備休暇の付与が多く見られます。転進助成金の意味合いで退職金を多く支給することで、従業員のセカンドキャリアを支援できるという仕組みです。言い換えると多くの退職金を支給して、後は従業員自身に委ねてしまいます。
具体的な割増額などは状況によって大きく異なる制度です。ただ、制度の利用を促進するために、一般的な自己都合退職とは大きく差がつけられます。
従業員が自分自身のセカンドキャリアを考えられるように研修を実施します。本来は研修受講にあたって費用が発生しますが、これを企業側が負担して従業員が参加しやすい状況を作る仕組みです。
研修は外部で開催されるものに参加してもらうパターンと社内で開催するものに参加してもらうパターンがあります。外部への参加を促進する場合は従業員のペースで参加してもらえますが、社内で開催する場合は日時を指定しなければなりません。どちらにするかで、費用負担や受付方法などが左右されます。
従業員の転職先を会社としてあっせんします。一般的には従業員が自分自身で転職先を見つけますが、転進支援制度では会社が主体となって見つけ出すことが増えてきました。また、直接転職先をあっせんしなくとも、転職に向けた教育を実施することがあります。
このような活動は社内で専門部署を作ることも、外部業者へ委託することも可能です。制度として確立させるためには社内に部署を構えるべきですが、多くのナレッジを持つ外部業者を活用することもあります。
社内で転進支援制度を利用して退職するならば、これは自己都合退職として扱われます。会社から指示されて退職するわけではないため、会社都合退職とはならない仕組みです。
退職理由が自己都合退職であるか会社都合退職であるかは、主に失業保険の受給などに影響するため、転進支援制度を活用して独立する場合などは注意しておくべきです。
逆に転職してブランクの期間が発生しないならば、自己都合退職であることをあまり意識しなくてよいでしょう。
転進支援制度によって転進助成金を支給すると従業員の給与所得や雑所得となります。つまり、転進助成金を受け取った場合は、所得税や住民税の課税対象です。
給与所得になるか雑所得になるかは、転進助成金が支払われたタイミングに左右されます。会社に属している状況で支払われると給与所得となり、退職してから後追いで支払われると雑所得 になると考えましょう。どちらに該当するかで、確定申告が必要となるかなどが変化します。
転進支援制度を活用してもらうためには、制度の目的を明確にすることが重要です。また、制度を利用する従業員に対してその意図を通達しなければなりません。
例えば、転進支援制度は積極的なリストラではなく「従業員が自分らしく生きるためのサポートを提供する制度」であることを伝えます。リストラの一環であると理解されると利用されない可能性があるため、自分自身のために設けた制度であることを明確にして通達することが重要です。
- 記事監修者からのワンポイントアドバイス
- 制度の目的を伝える時に重要なのは、会社にとってもプラスがあるというところを明確かつ具体的に伝えることです。例えば、「実際に転進した社員が起業した後、顧客を紹介してくれることがあり、結果として会社にとってもプラスなことがあった」といった事例を伝えるとより説得力が増します。
- 篠昌義税理士事務所
代表 篠 昌義
(公認会計士・税理士)
社内で転進支援制度を活用してもらうためには、周知に力を入れなければなりません。どのような制度を設けていても、従業員が認知していなければ意味がなくなってしまいます。
周知方法の例としては、対象となる従業員への説明会が考えられます。強制的に参加させる必要はありませんが、説明会を実施することで周知が可能です。積極的に会社側から発信しないと転進支援制度を活用してもらうことは難しいでしょう。
また、社内ポータルサイトが存在するならば、転進支援制度の専用ページを作ることもよいでしょう。説明会のように一度きりのものではなく、いつでも参照できるようにすることで認知してもらいやすくなります。
そもそも、従業員にキャリアについて考えてもらうことが重要です。「終身雇用が当たり前」と考えている従業員が多数派なのであれば、セカンドキャリアの存在についても知ってもらう必要があるでしょう。
転進支援制度は会社から従業員を辞めさせる制度ではなく、従業員の自発的なキャリア形成をサポートするものです。つまり、従業員がキャリアについて自分自身で考えなければ制度の利用にはつながりません。転進支援制度を活用してもらうために、まずは従業員が自身のキャリアについて考えてもらう機会を設けるべきです
- 記事監修者からのワンポイントアドバイス
- 転進支援制度の設置の目的によって従業員への周知の方法もしっかりと考える必要があります。本当に優秀な社員には残ってもらいたいと考えているのであれば、転職や独立のキャリアだけでなく、最終的に役員になるまでのキャリアも含めて説明すべきでしょう。
- 篠昌義税理士事務所
代表 篠 昌義
(公認会計士・税理士)
転進支援制度やこの制度によって支給できる転進助成金について解説しました。転進支援制度とは従業員のセカンドキャリアを促進するための制度で、会社がそれぞれ自由に内容を決定できます。具体的には、早期退職優遇制度をはじめとした、セカンドキャリア研修や転職あっせん制度などです。
また、転進支援制度は従業員の自発的な新しいキャリアを会社がサポートする制度といえます。そのため、従業員自身にセカンドキャリアについて考えてもらうことが重要です。従業員に意欲がなければ、転進支援制度を設けても活かしてもらえません。
また、転進支援制度は従業員のセカンドキャリアをサポートしつつ、雇用する人数を調節できる制度です。リストラではなく従業員の自発的な退職を促すことで、全体の安定した雇用を担保できます。ただ、会社として圧力をかけるような行為は望ましくなく、運用に不安がある場合は顧問に相談すると安心です。
企業にとって、転進支援制度は実務的に非常に難しい制度です。
企業側の本音としては、「優秀な社員には残ってもらい、辞めてほしい社員には辞めてもらいたい」と思うわけですが、そこを「優秀な社員であっても辞めることは引き留めない。その代わり、辞めた後何かしら違う形で自社に貢献してもらいたい。」といった寛大な心をまずもてるかどうかが重要です。
企業の経営陣がそのようなコンセンサスをとれた上で、部課長クラス、企業全体に対して「終身雇用が当たり前ではない会社を目指している」という文化を根付かせるために転進支援制度を導入するといった一連の流れまでしっかりと入念に準備した上で制度設計していきましょう。